−中央自動車道笹子トンネル天井板崩落事故− |
1.事故の概要 |
2012年(平成24年)12月2日午前8時頃、山梨県大月市の中央自動車道笹子トンネル(全長4455m,1977年開通)の上り車線の中で、コンクリート製の天井板が130mにわたって崩落した。乗用車など3台が下敷きとなり、9人が死亡した。 |
この事故について落下の発生原因の把握や、同種の事故の再発防止策について専門的見地から検討することを目的として、「トンネル天井板に関する調査・検討委員会」が設置された。そして、平成25年6月18日、国土交通省から「トンネル天井板に関する調査・検討委員会報告書」(以下、「報告書」という)が公表された。 |
そこで、この報告書および、新聞(インターネットを含む)などで報道された内容に基づいて考察してみたい。 |
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2.事故の直接的原因 |
「読売新聞(2012年12月8日配信(インターネット)」によると、 |
@トンネル最上部のコンクリートの内壁は、T字形鋼材(報告書では、CT鋼といっている)は、長さ6m,幅40cmで、1枚につき16本の接着系アンカーボルト(長さ230mm,直径16mm)で固定されていた。この鋼材1枚につき5本の吊り金具の上端で繋いであった。 |
A吊金具の下端も鋼材で繋がれ、この鋼材の上に左右から2枚の天井版(厚さ8〜9cm,5mX1.2m)を載せる構造となっていた。 |
B天井板を吊るしていた金属製吊棒とトンネルを支えていたアンカーボルト(報告書では「接着系ボルト」いっている)が、トンネル天井から抜け落ちた。 |
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3.どうして天井板は落下したか |
この報告書では、「落下メカニズムの推定」においてどうして落下したかを述べているので、その要点を記述する。 |
@「天井板に打ち込まれた接着系ボルトは、工事完成時点から所定の接着引抜強度が発揮されないものが含まれるなど、設計施工段階から事故につながる要因を内在していたものと考えられる。」と記述されている。 |
また、「工事完成時点で既に、接着剤の撹拌不足・まわり込み不足により、所定の接着剤引抜強度が発揮されないものが一定程度存在していたものと考えられる」とも記述している。このことは、施工不良が認められると言っているに等しいと思われる。(注)参照 |
A「建設当初から所定の引抜強度が得られなかった天頂部接着系ボルトでは、経年の荷重作用や材料劣化を原因とする引抜強度の低下・喪失が進行したと推定される」と記述されている。つまり、事故は何時起きても不思議ではない状態であったものと思われる。 |
B「最終的には、いずれか、または複数のCT鋼において、天上部接着系ボルトは、全体として天井板及び隔壁版等を吊るすための強度が不足し、(中略)CT鋼、天井板及び隔壁版の落下が生じたと推定される」と記述されている。つまり、接着系ボルトの強度不足が根本原因であったということになる。またこの原因を作ったのが施工不良であったということになる。 |
C「さらには、隣り合う天井板が1枚の隔壁板を介して連結されていたことで、約140mの区間にわたり連続して落下したと推定される。」と記述している。この記述から、トンネル天井板に構造的な欠陥があったことがわかる。 |
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4.事故の原因 |
この報告書の「事故発生原因の整理」で、設計に係わる事項、材料・製品に係わる事項、施工に係わる事項及び点検方法・点検実施体制に係わる事項に分けて以下のように記述している。これは「事故原因」と捉えることができると考える。 |
1)設計に係わる事項 |
@「笹子トンネルの天井板は他のトンネルに比べると非常に高さの高い隔壁板を使用していたことか、採用された隔壁板とCT鋼の継手構造では、水平方向の風荷重がCT鋼に伝達され、CT鋼が変形することから、水平方向の風荷重によって天井部接着系ボルトに生ずる引張力は、天井部接着系ボルトの設計において無視できない大きさであった可能性がある。他方、このような挙動は、天井部接着系ボルトの設計で見込まれた引張力として反映されていなかったものと考える。」 |
A「設計計算においてはCT鋼内に配置されたボルトが均等に引張力を負担すると仮定していたが、各ボルトが負担する引張力にばらつきがあったと考えられる。」 |
このことは、設計時における仮説に誤りがあったことを意味しており、「ボルトに均等に力がかかる」との仮説を検証しないまま設計したことによる過誤であると思われる。 |
2)材料・製品にかかわる事項 |
@「設計当時の製品カタログでは、施工原理の前提条件となる施工仕様、品質管理規定の記載が明確でなかった。このことは、接着系ボルトについて、削孔深さと埋込み長が一致しないまま施工された理由の一つと考えられる。」 |
A「当時のカタログには「変質、廊下の心配はない」と記述されていた。これは、長期耐久性について十分検討しないまま施工された理由の一つと考えられる。」 |
つまり、施工基準とか施工時の規格といったものが不明確なまま思い思いに施工したということになる。もし、ボルトが抜けたらどういったことになるのかといった不安や危惧といったものがなかったのだろうか。 |
3)施工に係わる事項 |
@「ボルト孔の削孔深さとボルトの埋込み長が異なっているものが相当数存在することを確認した。(中略)設計当初から、所定の接着剤引抜強度が得られていないものが一定程度存在したものと考える。」 |
このことは、施工基準も施工規格もなく思い思いに施工したのであるから、施工を請け負った企業ごとにかなりばらつきがあったことがわかり、杜撰な施工したことが今回の事故原因と考えていいのでないだろうか。 |
(注)読売新聞2013年2月1日(インターネット版)に、この点に関する記事があるので要約する。 |
@国土交通省の調査で、ボルトの強度試験を行った結果、183本中113本が設計上の想定強度を満たしていなかった |
A113本中16本は天井板の重さ約1.2トンの荷重にも耐えられない状態であった |
B全長20cmのボルトで、想定強度を満たしていなかったものは先端から12cmしか接着剤が付着していなかった |
C1.2トンを満たしていなかったボルトは先端から約9cmしか接着剤が付着していなかった |
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4)点検方法・点検実施体制に係わる事項 |
@「(前略)近接での目視及び打音の実施が先送りされていたこと |
A膨大な数の補修補強履歴の保存体制が不備であったこと、工事関係書類についても本来保存されるべき場所とは異なる場所から見つかる等個々の施工や点検、維持管理にて得られた情報が点検計画に適切に反映できていなかったこと」 |
このことは、トンネル及び高速道路を管理している中日本高速が如何に杜撰な維持管理をしていたかが克明にされたことであるが、同時にこういったことは中日本高速だけでなく、高速道路を管理しているすべての会社に当てはまるのではないだろうか。大いに他山の石としてもらいたい。 |
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5.再発防止対策 |
この報告書では、「安全管理措置」として以下のように述べている。 |
@「既存の吊り天井板については、換気方式の変更の可否、周辺交通への影響等を考慮し、可能ならば撤去することが望ましい。」 |
A「存置する場合には、第三者被害を防止するための措置として、バックアップ(フェールセーフ)構造・部材を設置すべき」 |
B「上記2点の対策が完了するまでは、点検頻度を増やすなどのモニタリングを強化すべき」 |
C「点検に当たっては、全ての常時引張り力を受ける接着系ボルトに対して近接点検(近接目視、打音及び触診)を行うとともに、少なくともいくつかのサンプルで適切な荷重レベルでの引張載荷試験を実施すべき」 |
この再発防止対策は、極めて当たり前のことであるが、同時に厳しい内容である。しかし、再発防止対策の2項目に述べられている「第三者被害を防止するための措置」が今まで欠落していたことが問題ではないだろうか。つまり、ボルトが抜けたら、天井板が落下する。そうなったら大事故になるといった配慮がなかったことではないだろうか。 |
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6.問題点及び教訓 |
@笹子トンネルの事故は、建設完了してから35年経過してから起きた事故ではあるが、報告書にあるように、設計・施工の杜撰さが原因であることは明らかである。この工事を請け負ったゼネコンや施工工事を担当した企業には設計責任、施工責任がないのだろうか |
Aこの事故によって9人の方が亡くなったのであり、その遺族が損害賠償訴訟を起こしたのでこの裁判で設計責任・施工責任が追及されることを期待したい。 |
Bそれにしても、トンネルの天井板設計者に安全性に対する思想があったら、また、ボルトが抜け落ちたらどうなるかといった安全性に対する配慮があたら、天井板の吊り方に冗長設計を採用するか、あるいは天井板方式ではない違った換気方式を採用することをしたのではないだろうか。 |
C全国に同様なトンネルが29か所あるようですから、早急に上記の再発防止対策を実施してもらいたい。そうしないと第2の事故、第3の事故が起きることになり、同じ事故が繰り返されてしまいます。。 |
Dさらに、設計及び施工による欠陥を点検によって補うということはできない話であり、いくらきめ細かく目視点検をしても人間のすることはたかが知れていますし、長続きしません。したがって、根本的には再発防止にはなりません。そうやっている間に同じような事故が繰り返し起きるでしょう。そういった意味では、速やかに全てのトンネルの天井板を撤去することが真の再発防止であると思います。 |
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