―ハインリッヒの法則:軽微な事故は重大事故の兆候− |
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1.ハインリッヒの法則 |
1)米国のハインリッヒという保険会社の職員が、労働災害の事例を統計的に分析した結果から得られた結論であるといわれており、「ハインリッヒの法則」として知られている。 |
2)「ハインリッヒの法則」とは、「1件の重大災害(死亡事故や重大事故)が発生する背景には、29件の軽傷事故と300件のヒヤリハット事故(軽微事故)がある」というものである。 |
3)死亡事故などの重大事故はいきなり発生するのではなく、その前に軽微な事故や中規模の事故がいくつか繰り返され(重大事故の兆候)、その時に対策や改善措置を実施していれば重大事故を起こさなくても済むことを意味している。 |
4)しかし、一方でこの兆候を見逃してしまったために、重大事故(死亡事故や火災など)を発生させた事例がある。 |
過去に発生した重大事故の中で、「ハインリッヒの法則」に当てはまる事例として以下のものがあげられる。 |
@三菱自動車のハブの欠陥による母子死亡事故(2002年1月10日発生) |
A三重県多度町ゴミ固形化燃料(RDF)発電所の貯蔵サイロ爆発死亡事故(2003年8月19日発生) |
B六本木ヒルズ回転ドアの死亡事故(2004年3月26日発生) |
5)重要なことは、重大事故の兆候が見られた時に、速やかに原因を究明して対策を講じることである。重大事故が発生した時に、「あのとき手を打っておけばよかった」では遅いのである。 |
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2.三菱自動車のハブの欠陥による母子死亡事故(2002年1月10>日発生) |
1)事故の概要 |
2002年1月10日、横浜市瀬谷区下瀬谷3丁目の県道で、走行中のトレーラのタイヤが外れ、路上を歩いていた母子3人を直撃し、母親が死亡し、長男と次男が負傷した。 |
2)直接原因 |
車軸とタイヤ本体を連結する「ハブ」と呼ばれる部品が破損したことなどによる。 |
3)事故発生までの経緯 |
@1992年6月21日:東京都内で冷凍車の左前輪脱落事故(三菱自動車が確認している最初のハブ破損事故) |
A1996年6月:広島県内の高速道路でバスの右前輪脱落事故 |
B1999年7月〜8月:バスの車輪脱落で個別対策会議。旧運輸省に整備不良と報告することを決定 |
C2002年1月10日:横浜市瀬谷区での死亡事故 |
4)リコール隠し |
@三菱自動車製の大型車のハブ破損事故は1992年以降に計57件発生し、うち51件で車輪が脱落した。 |
A2002年1月10日、大型車のハブの無償点検を発表。横浜の死亡事故原因は整備不良と結論し、リコールせず。 |
B三菱自動車は一貫してユーザ側の整備不良としたが、同社から商用車部門を引き継いで分社化した三菱ふそうトラック・バスは2004年3月11日、製造者責任を認めて国土交通省にリコールを届け出た。 |
C2004年5月6日、神奈川県警察本部は元三菱自動車役員ら5人を逮捕。国土交通省は道路運送車両法(虚偽報告)容疑で刑事告発 |
D2010年3月11日、最高裁において三菱ふそうトラック・バス元会長宇佐美被告ら3人に罰金20万円の有罪判決が確定 |
5)対策に消極的な姿勢 |
参考文献2−3、ページ3〜4から引用すると、「1992年の事故後、三菱ふそう(当時、三菱自動車)は破断したハブ(B型)を回収し、原因究明にあたった。走行テストの検証結果では設定寿命以前に、B・C型ハブには亀裂が発生することが分かった(疲労限を超える力がかかるため)。 |
ハブの欠陥が露呈したことで、同社はD型ハブの開発に着手するが、しかしAからC型のハブをリコールしようとはしなかった。破断事故の直接の原因が設計上のミスによらないことを証明しようとみせたのである。 |
同社がとりいれたのは、亀裂が発生してから破断に至るまでの「残存寿命」という考え方である。ハブのブレーキドラムとの当たり面に発生した亀裂が、ホイールとの当たり面に達して破断を引き起こすまでには一定の時間を要する。新品のB型ハブを使った台上試験では、その時間は亀裂そのものが発生するまでの約4.2倍と測定された。たとえ亀裂が発生しても、通常の走行条件のもとでは、この「残存寿命」が存在することから破断には至らず、設定寿命をクリアすることができると同社は確信した。 |
ただし、この実験で用いられたサンプルは1つのみであり信頼性の低いものであった。・・中略・・ユーザー側の「過積載」や「整備不良」によってハブに疲労限を超える応力がかかり、あるいは摩耗して、破断に至るという結論を導きだそうとした。」 |
とあり、三菱自動車側の消極的な姿勢、利用者側に責任を転嫁する姿勢が読み取れる。 |
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6)参考文献 |
@参考文献2−1:「知識データベース」−「失敗事例」−三菱自動車のリコール隠し |
A参考文献2−2:「知識データベース」−「失敗百選」−「三菱自動車のリコール隠し」(小林英男) |
B参考文献2−3:「センスメーキングする組織−三菱ふそうハブ欠陥事件から何を学ぶか」(東北大学大学院経済学研究科 高浦康有,2006年3月) |
C参考文献2−4:「技術者倫理とリスクマネジメント−事故はどうして防げなかったのか?」(中村昌充、オーム社,平成24年2月25日) |
D参考文献2−5:「三菱タイヤ脱落問題」(読売新聞2003年12月4日) |
E参考文献2−6:毎日新聞(2010年3月11日) |
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3.三重県多度町ゴミ固形化燃料(RDF)発電所の貯蔵サイロ爆発死亡事故(2003年8月19日発生) |
1)事故の概要 |
@2003年8月14日、設置以来何度かトラブルを繰り返していたRDF燃料発電設備のRDF貯蔵槽(サイロ)の大量(約600トン)のRDFが発熱した。放水などで対応しているときに最初の爆発が起こった。 |
A消化が進まず、次に打つ対策工事をしているときに最初の爆発から5日後に2回目の爆発が起こり、消防士2名が亡くなった。完全に鎮火するまで、最初の爆発から47日を要した。 |
(注)RDF:Refuse Derived Fuel 家庭から出る可燃性のゴミ(一般廃棄物)を破砕、乾燥し、石灰を加えクレヨン状に圧縮・成型した燃料であり、石炭等の固形燃料とは異なる。 |
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2)事故の原因 |
@発熱・発火の原因は以下のことが推定される |
@)RDFには発酵を起こす微生物が存在することが確認され、管理方法によっては発酵に必要な水分が存在するので、有機物が発酵する可能性がある。 |
A)発酵しているRDF中では消石灰の炭酸化が並行して存在するので、消石灰が炭酸ガスと反応して発熱する可能性がある。 |
B)4000立方メートルの大きなタンクに大量に蓄積されているので、上記に示すような何らかの原因で発熱ががあれば、蓄熱が行われる。 |
A爆発の原因 |
@)熱分解ガスの発生があった。高温で空気遮断条件下では熱分解が起こり、同時に水性ガス化反応、発生炉ガス化反応が並行して起こる。 |
A)嫌気性発酵による可燃性ガスの発生が起こった。 |
B)空気の混入により、可燃性混合気が形成された。 |
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3)発生までの経緯 |
@2002年12月1日:運転を開始した |
A2002年12月23日:巡視点検時、貯蔵槽下部で異常発熱があり、RDFの一部が燃焼した。 |
B2003年1月5日:燃焼炉制御計器で異常表示があり、安全のため発電機の運転を中止した。 |
C2003年7月20日:別の倉庫に保管していたRDFの搬出作業中に発煙が起こった。 |
D2003年7月20日:貯蔵槽で水蒸気の発生を確認した |
E2003年7月23日:貯蔵槽の温度が上昇、発火を確認、一部のRDFの抜出を行った |
F2003年8月11日:貯蔵槽内の火災は8月に入っても鎮火せず。貯蔵槽下部の5箇所から注水を開始した。 |
G2003年8月12日:注水口を28箇所に追加した。 |
H2003年8月14日:注水作業を継続中の15時5分第1回目の爆発が発生し、作業員4名が負傷した。 |
17時頃から放水を開始して、18日まで続行した。 |
I2003年8月18日:18時頃、貯蔵槽上部の点検孔から内部への放水を開始した。 |
16時頃、放水を中断し、内部状況を観察した。 |
J2003年8月19日:9時40分から12時頃および13時20分から放水を実施した。 |
14時頃、放水口を開口する火気工事を開始した。 |
14時17分、2回目の爆発が起こり、消防署員2名が死亡し、作業員1名が負傷した。 |
K以降、放水を継続する。 |
L2003年9月27日:鎮火した。 |
4)問題点 |
@貯蔵槽の異常発熱、発煙、発火を想定した異常時対策が事前に検討されていない。 |
A貯蔵槽の発火時に注水または放水措置が妥当であったか疑問 |
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5)参考文献 |
@参考文献3−1:「失敗事例−ゴミ固形化燃料(RDF)貯蔵槽の火災・爆発」 |
(データ作成:小林光夫(東京大学大学院 新領域創成科学研究所 環境学専攻、オフィスK,田村昌三((東京大学大学院 新領域創成科学研究所 環境学専攻) ) |
A参考文献3−2:「ごみ固形燃料発電所事故調査最終報告書」(平成15年11月22日,ごみ固形燃料発電所事故調査専門委員会) |
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4.六本木ヒルズ回転ドアの死亡事故(2004年3月26日発生) |
1)事故の概要 |
2004年3月26日午前11時30分頃、六本木ヒルズの回転ドアに6歳の男児が頭を挟まれて死亡した。この男児は小走りでドアに入ろうとして回転するドアとドアの枠の間に挟まれたものであった。 |
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2)原因 |
@「ドアは軽くてゆっくり動かなければならない」および「ドアそのものが持っている運動エネルギーを10ジュール以下に保たなければならない」(暗黙知)ということを設計者は知らなかった。 |
これは、エレベータのドアやスライドドアの設計者から指摘されたもので、安全性を保つ基準である。 |
A回転ドアの衝撃力(「ドアの重さ」X「ドアの速さ」)は最大で8500ニュートン以上の力が働いていた |
B回転ドアはステンレス板で、その重さに耐えるためにドアの外周にモーターやブレーキが取り付けられ、重量は2.7トンになっていた |
(参考文献4−2 ページ20から引用) |
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3)事故の発生状況(参考文献4−1から引用) |
@大型回転ドア設置台数は、1988年に設置開始して以来、合計466台(平成16年3月31日現在) |
A事故の発生件数は、1992年以降、264件(重傷:22件,軽傷:109件,怪我なし:98件,不明:35件)。内131件(49.6%)は人身事故である。 |
B年度別事故発生状況 |
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C年齢別では、9歳以下:98件(37.1%),70歳以上:34件(12.9%) |
D事故の内容では、挟まれたまたは巻き込まれた:155件(58.7%),衝突:74件(28.0%),転倒:17件(6.4%) |
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4)問題点 |
@本回転ドアのオリジナルのブーイング社(オランダ)の回転ドアは、フレームも回転部もアルミ材料が使用されており、回転部の重量は1トン以下であった。それが、骨材はアルミから鉄に変更され、ステンレス板で飾られた結果、3倍近い2.7トンの重量となっていた。 |
Aドア天井のセンサーの感知距離の設定が地上から約120cmに対して、男児の身長が117cmであり死角に入ってしまった。また、ドア枠には地上15cmの位置に真横に赤外線センサも設置されていたが、頭から男児が駆け込んだため、足を感知しなかったと推定される。 |
B危険をセンサで感知して緊急停止させる「制御安全」に頼る設計となっていたが、事故当時回転速度が最速に設定されていたために、実際にセンサで緊急停止しても、慣性力で完全に停止するまでに25cmも動くようになっていた。 |
C森タワーが2003年4月25日にオープンしてからこの事故までの1年弱の間に、大型回転ドア12件、小型回転ドア10件の事故が発生していた。しかも、大型回転ドアの事故のうち7件はいずれも8歳以下の子供が体を挟まれたもので、今回と類似した事故であったが、駆け込みを防止するための簡易ポールを立てるなどの簡便な対応で終わっていた。 |
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5)参考文献 |
@参考文献4−1:「自動回転ドアの事故防止対策について 報告書」(平成16年6月自動回転ドア事故防止対策に関する検討会) |
A参考文献4−2:「だから失敗は起こる」(畑村洋太郎著,2007年10月15日 NHK出版) |
B参考文献4−3:「失敗事例−六本木回転ドア事故」(張田吉昭:有限会社フローネット,畑村洋太郎:工学院大学) |
C参考文献4−4:「第T部 事故調査報告書等と刑事判決等との比較 報告書」(みずほ情報総研株式会社 平成22年度) |
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