−福岡市安部整形外科病院の火災− |
1.事故の概要 |
2013年(平成25年)10月11日午前2時20分頃、福岡市の安部整形外科(延べ床面積665u,安部龍暢(たつのぶ)院長)で火災が発生し、前院長夫妻および入院患者など10名が死亡する大惨事となった。 |
この病院はベッド数が19床の所謂有床診療所(有床診療所は国内に約9400あるといわれている)である。 さらに、この病院は腰痛や坐骨神経痛専門の医療機関で、入院患者は足腰を痛めた高齢者で自力での歩行が困難な人が多かった。 |
医療施設の火災としては、1984年に発生した 尾道市青山病院(死者6人)以来ではあるが、入院患者が足腰を痛めた高齢者で自力での歩行が困難という共通点を考慮すると、特別養護老人ホ−ム、グループホームや老人施設の火災と同等と見ることができる。特別養護老人ホ−ム、グループホームや老人施設の火災は以下のように多く発生しており、いかに火災が多いか、そして如何に繰り返されているかよくわかる。 |
@1984年(昭和59年)2月19日:尾道市青山病院(死者6名,負傷者1人) |
A1987年(昭和62年)7月6日:東京都東村山市特別養護老人ホーム(死者17人) |
B2006年(平成18年)1月8日:長崎県大村市グループホーム(死者7人) |
C2009年(平成21年)3月19日:群馬県渋川市老人施設(死者10人) |
D2013年(平成25年)2月8日:長崎市認知症グループホーム(死者5人) |
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2.出火の原因 |
@1階の処置室にあった温熱治療器「ホットパック」用の電源プラグにショートの痕があり、トラッキング現象が起きた可能性があり、これが出火原因とみられる(福岡県警察もそう断定している)。 |
Aこの温熱治療器は、常時電源が入っていた |
B安倍院長の話では、この温熱治療器は院長が医院を引き継いだ4年半前の時点で既に備えられていたものである。 |
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3.死者が出た原因 |
1)防火扉(7枚)がすべて開いたままであった |
防火扉は1階の階段付近に設置されていたが、出火時に開いたままであった。
さらに、この防火扉は、高温を感知して扉は閉まるが、煙だけでは閉まらない旧式の防火扉であった。 |
2)煙を検知して作動する「煙感知式」防火扉を導入していなかった |
3年前に既存の建物の南西側の敷地に4階建ての建物を増築してリハビリ室などを設置する際に、建築基準法で義務付けられている「煙感知式」防火扉を導入していなかった。 |
また、増築の建築確認申請を現在に至るまで、福岡市住宅都市局に提出していない(建築基準法違反)。なお、増築した場合には、増築分だけでなく、建物全体を現行法に適合させなければならない。この建築確認申請について、10月11日の記者会見で安部院長は「申請の必要性を認識していなかった」と述べている。 |
3)初期消火や避難誘導が行われていなかった |
10月11日の火災発生時、院内には当直の看護師と住み込みの准看護師、看護学生の3人がいた。地下1階にいた看護師はナースコールで患者に呼ばれて2階の病室に行く途中で火災に気付き、助けを求めて屋外に脱出した。4階にいた他の2人は就寝中であり、消防隊員に救出された状態で、火元の初期消火や患者の避難誘導はできなかった。 |
博多消防署の会見でも「初期消火がされていなかった」と述べている。 |
最初に火災に気が付いた当直の看護師は、安倍院長に「温熱機器の周辺から、腰のあたりまで火が上がっていた」と証言している。 |
2008年12月に博多消防署に提出した「消防計画」には、院内の自衛消防組織の体制として、夜間は自衛組織の責任者1人、通報連絡担当1人、消火担当1人の計3人で臨むと記載していた。 |
ただし、具体的にどう行動するかを定めたマニュアルはなかった。なお、消防法では、消防計画の順守を義務付けている。 |
また、防火管理者は防火に対する講習を受け、避難計画などを作成しなければならないが、安部整形外科での防火管理者は院長の母親であった。地元の消防は72歳と高齢だったため防火管理者の変更を指摘していた。しかし、変更届は出されていなかった。 |
4)消防への通報が遅れた |
当直の看護師は、火災発生時に通りすがりのタクシーに消防署への通報を依頼している。当直の看護師が1名であったことによるのだろう。そのために、消防への通報が遅くなった。 |
5)当直の看護師は1名(60代の女性)だけであった |
火災発生時、院内には当直の看護師と住み込みの准看護師、看護学生の3人がいたが、当直看護師は1名で、4階にいた他の2人は就寝中のため、消防隊員に救出された状態で、火元の初期消火や患者の避難誘導はできなかった。 |
6)スプリンクラーを設置していなかった |
ベッド数が19床の安部整形外科ではスプリンクラーの設置義務がなかった。 |
なお、認知症の高齢者が入居するグループホ−ムや特別養護老人ホームなどの福祉施設では、大規模火災を教訓に設置基準が見直され、1987年「延べ床面積が6000u以上を1000u以上」に改定している。 |
さらに、2006年1月に発生した長崎県大村市のグループホームでの火災を契機に、2007年「275u以上」に拡大した。また、2013年2月に発生した長崎市のグループホームの火災を契機に全面的に設置を義務付ける方針である。 |
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4.問題点 |
1)安部整形外科ではスプリンクラーの設置義務がなかったこと |
@その根拠は「消防法施行令」第12条(スプリンクラー設備に関する基準)第3項において、病院、診療所又は助産所(総務省令で定める部分を除く)の記述がある。 |
A「消防法施行令」によるスプリンクラー設置基準にはとんでもない問題点がある。
病院(入院患者数20人以上)では、床面積の合計が3000u以上の場合にはスプリンクラー設置を義務付けている。 |
有床診療所(入院患者数19人以下)では、床面積の合計が6000u以上の場合にはスプリンクラー設置を義務付けている。 |
入院患者数が病院の場合より少ない有床診療所であるのに、床面積の合計が6000u以上と2倍となっている。安部整形外科の延べ床面積665uと比較すると約10倍であり、こんな矛盾した規定はおかしい。この規定によると有床診療所ではスプリンクラーの設置対象外となるのである。 |
Bグループホームや特別養護老人ホームなどでは、たびたび火災が起きたため、スプリンクラーの設置基準がそのたびに見直され、平成24年1月からは床面積が275u以上となった。 |
さらに、平成25年2月に発生した長崎市のグループホームでの火災を受けて床面積に関係なくスプリンクラーを設置するように変更されるようである。 |
安部整形外科の場合のように足腰の不自由な高齢者が多数入院しているのに関わらず、診療所ではあまりにも基準が違いすぎる。この点に関しては、有床診療所の経営状況が極めて厳しいことが関係しているそうであるが、その結果安全性が損なわれ患者が犠牲となるのである。 |
2)防火扉について、1973年(昭和48年)8月23日に「建築基準法施行令」が改正(施行は昭和49年1月1日)され、防火扉は「火災により煙が発生した場合に自動的に開閉し、かつ避難上及び防火上支障のない遮煙性を有する構造とすること」と規定された。 |
しかし、安部整形外科では、3年前に既存の建物の南西側の敷地に4階建ての建物を増築してリハビリ室などを設置する際に、「煙感知式」防火扉煙に変更すべきところ、旧式のままであった。 |
3)さらに、安部整形外科では、3年前に既存の建物の南西側の敷地に4階建ての建物を増築する際に建築確認申請が未提出のままであり、増築建築物は違法建築であることである。なぜ、4階建ての診療所の増築が建築確認申請未提出のまま見過ごされていたのであろうか。 |
4)安部整形外科では、防火扉が過去30年間一度も点検されていなかった |
防火扉は消防法ではなく、建築基準法に基づく設備である。建築基準法で防火扉などの点検を義務付ける対象は、自治体の裁量に任されており、福岡市では、ベッドの数が20以上の病院だけが対象で、規模の小さい診療所は対象外であった。なぜ有床診療所が点検の対象外となっていたのだろうか。 |
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5.引用文献 |
本資料の作成に当たり、Web上に掲載されている以下の記事を引用または参考とした。 |
@毎日新聞(2,013年10月12日 東京朝刊) |
A東京新聞(2013年10月13日朝刊) |
B中国新聞(2013年10月13日社説) |
CMSN産経ニュース(2013年10月11日 10:48) |
DMSN 産経ニュース(2013年10月13日 19:51) |
E読売新聞(2013年10月13日10時04分) |
F読売新聞(2013年10月12日18時10分) |
G時事通信(2013年10月13日16時21分配信) |
HNHK NEWSweb(2013年10月14日) |
I西日本新聞経済電子版(2013年10月14日03:00) |
Jフジテレビ系(FNN)(2013年10月14日0時04分配信) |
Kテレビ西日本FNNニュース(2013.10.11 17:57) |
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